カテゴリ:陶片窟現地ツアー( 14 )


2007年 07月 11日

鞆の焚場の干潟東側

2007年7月現在、ここは架橋工事に伴う埋立予定地となっています。もし埋立が実行されれば、広島で有数の古い陶片が出る干潟は永遠に失われます。
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             埋立予定地(東側)から、焚場遺構のある西側を見る

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                       埋立予定地の東の端
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                     干潟に係留されている漁船

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                     埋立予定地に散乱する陶片
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by hikidasi1 | 2007-07-11 23:57 | 陶片窟現地ツアー
2007年 07月 05日

戦時中の似島・長浜海岸

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 似島の長浜海岸、現在、ペンションのビルが建っている前あたりに、小さな木製の桟橋があります。
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 そのすぐそばに、まるで廃墟のようなコンクリートの塊が残っています。いったいこれは何なのでしょうか。実は長浜地区には戦時中、軍の倉庫があり、その荷の揚げ降ろしなどを、ここ長浜海岸でやっていたそうです。その時の桟橋の一部らしいのです。 
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 こちらは干潟の泥に埋もれたような状態で、干潮時のよほど潮が引いた時でないと存在がわかりませんが、波止のように沖まで伸びています。これも当時のものではないかと思います。
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by hikidasi1 | 2007-07-05 22:05 | 陶片窟現地ツアー
2007年 06月 27日

呉線

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 安芸長浜駅周辺です。このあたりになると時間帯によっては2時間に1便くらいしかありません。でも景色はなかなか良いです。肉眼ではすぐそばが海なんですけどね・・・呉線と一緒には納まってくれませんでした。どことなく海岸に近い場所の明るさがあるでしょ?そうでもないかしらん。
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 驚いたことに、呉線の列車は乗客がホームを走ってきたら、ほんのちょっと待ってくれることがあります。閉まりかかったドアが開いたのです!山陽本線では1秒の差でも無情に置いていきますけどね。
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 かるが浜駅近くの車窓から。呉線はすぐそばに海が見えます。時々見えるのではなく、半分くらいは海のそばを走ります。私も旅先で地図を見ては車窓からの海を楽しみにするのですが、すぐ近くに素晴らしい海が広がっていても、高い防波堤や防風林などがあったり、実際には埋め立てられて海岸線が遠くまで逃げていたり、案外車窓から海は楽しめないものでした。旅をしてみて、地元の呉線の良さがわかりました。もっとも、こんなちっぽけな写真一枚ではね・・・そのうち増やします。(^^ゞ
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by hikidasi1 | 2007-06-27 05:57 | 陶片窟現地ツアー
2007年 06月 25日

鞆の雁木下の干潟

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                           鞆港風景
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                 常夜灯や雁木周辺と「いろは丸資料館」

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                        満潮時の雁木風景
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                       干潮時に現れる干潟

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                         干潮時の雁木下
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by hikidasi1 | 2007-06-25 00:00 | 陶片窟現地ツアー
2007年 06月 24日

似島・長浜海岸

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 潮が満ちている時の長浜海岸です。5月頃の大潮の干潮時には、この何倍も干潟が現れますが、その頃には夢中で拾っているため、干潮時の良い写真がほとんど無いのです。(^^ゞ
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 干潮時に写した珍しい?写真。道路から写せば、干潟の状態がよくわかるのですが、これは波打ち際近くで撮っているので、あまり干潟全体の様子がわかりませんね。   
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 長浜海岸の陶片はフジツボやナミマガシワ、海藻などの付着生物がとても多い場所で、ビーチコーミングをするにも楽しい場所です。中央の白っぽいのはオカメブンブクなどのウニ殻、その右はカイメン、左はナミマガシワとオニグルミ、左上の赤いプラスチック棒は、右上の小学校の算数セットのオハジキみたいなのとともに牡蠣養殖で使われるもの。これが広島の海岸には多いこと、多いこと。バドミントンの羽のできそこないみたいなのは散弾銃の薬きょうの蓋。最近広島湾でもよく見るようになりました。その上に昔の氷コップのガラス片もあります。
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 長浜海岸の陶片散乱状態。一枚の写真の中にこれだけ陶片が写るのは、よほど陶片密度が高いからです。
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 宮島の陶片が満潮線に近いあたりに多いのに対して、ここはむしろ波打ち際や水の中に多いようです。
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 3枚の写真は一日で拾った陶片です。長浜海岸としてはやや収穫量が少ない方ですが、この海岸から出る陶片の構成がよくわかります。銅版転写の小皿や国民食器、統制番号入りが目立ちますが、江戸陶片も少しだけあります。
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by hikidasi1 | 2007-06-24 22:37 | 陶片窟現地ツアー
2007年 05月 04日

畑賀川

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 海田町を流れる瀬野川のそのまた支流、畑賀川。こんな川でも探せばけっこう陶片は見つかります。
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 数センチ程度の細かい陶片が多いのですが、それでもたまには、こんな18世紀のくらわんか茶碗や皿も見つかります。明治の型紙摺りタイプの碗には、よく見ると亀さんがいます。また、この川からは国鉄モノの陶片が幾つか出ています。国鉄で働いていた人が多い地域だったせいかもしれません。
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by hikidasi1 | 2007-05-04 17:20 | 陶片窟現地ツアー
2007年 05月 04日

天満川

 天満川は広島市中心部を流れる大きな川ですが、天満橋~広瀬橋間でたくさんの陶片を拾っています。路面電車の電停から近く、川土手は公園になっていて、とても歩きやすい場所です。
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 川へ下りる階段も多く、川床の泥も固くて、スニーカーでも歩けました。
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 川の陶片は海岸に比べて汚れていますが、ここの陶片はもう、泥を落とすまでは模様の区別もつかないほどです。
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 この付近は対岸にも土の現れる場所があり、探してみましたが、この場所ほど陶片は多くないようでした。ここの陶片は明治の型紙摺りタイプがとても多く、江戸陶片も、18世紀~幕末くらいのものがけっこう拾えました。戦前の絵の具の容器も出ています。これは最近、正体がわかりました。
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by hikidasi1 | 2007-05-04 17:20 | 陶片窟現地ツアー
2007年 05月 04日

島の海岸 その2

(倉橋・鹿老渡)
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                        倉橋・鹿老渡(かろうと)

 倉橋島は現在では橋で本土と繋がっており、私は呉駅から出るバスに乗って出かけます。倉橋は陶片のありそうな良い干潟だらけの素晴らしい土地ですが、車を運転しない私にとっては、一番奥の鹿老渡までのバスの便が少ないため、幾つもの干潟をハシゴすることができないのが残念です。

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                            鹿老渡の陶片
 17世紀の唐津、18~19世紀の江戸モノ、明治~昭和戦前の手描き、型紙摺り、銅版転写の器など              
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                   鹿老渡で拾った砂目跡のある陶片の裏側
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                      陶製人形、完品です!ヽ(^。^)ノ

 鹿老渡は倉橋島の先端部で、橋でその先の小島、鹿島と繋がっています。ここは江戸時代、風待ち潮待ちの港として栄えた場所で、そのためか広島では今のところ宮島と鞆でしか出ていない、砂目跡のある古い唐津の破片を拾っています。陶片もそこそこありましたが、去年訪れた時は波打ち際に妙に砂が多く、せっかくの陶片が埋まったような状態になっていました。今年の状態が気になるところです。

(倉橋・桂ヶ浜)
桂ヶ浜とその陶片(江戸モノ、明治~昭和戦前の手描き、型紙摺り、銅版転写の器、戸車など)
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 倉橋の桂ヶ浜は、万葉集にも出てくる美しい海岸で、夏は海水浴場です。日本の渚100選にも選ばれています。 海岸の端にある「長門の造船資料館」は遣唐使船の復元もあり、同じ場所にある歴史民俗資料館とともに、沈子など漁の道具の展示も多く、小さくても一度は見る価値のある場所です。呉駅から1時間半近くかかる鹿老渡はトイレが無く、私は直接行かず、ここでいったん降りて公民館のトイレを利用します。広島の海岸の中では自然系の漂着物も多く、ビーチコーミングに向いた場所です。古い陶片もそこそこ拾えます。


(大崎下島、御手洗、大長)
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                     大崎下島・大長(おおちょう)の陶片
(幕末の瀬戸美濃系の蓋、明治~昭和戦前の手描き、型紙摺り、銅版転写の器、戦時中の統制番号皿)

 大崎下島にも、江戸時代に風待ち潮待ちの港として栄えた御手洗地区があり、当時の町並みも残っていますが、かつての海岸線は埋め立てられていました。住んでいる方の話では、埋立前は不燃物の捨て場のような場所もあり、そこでは貝を掘るのに邪魔になるほど陶片があったそうで残念です。僅かに、かつて小さな河口だったらしい痕跡のある場所から幕末の陶片を拾っています。
 今では御手洗よりも、同じ大崎下島の大長港周辺の方が陶片は拾えるようです。港近くの、川のように細く入りこんだ海岸の両側には家が密集していますが、その下に陶片だらけの狭い干潟が続いていました。あまり古いものはありませんでしたが、保存状態は悪くなくて、少しですが、幕末モノや近代の印判、戦時中の統制番号入りも拾いました。
 
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by hikidasi1 | 2007-05-04 09:21 | 陶片窟現地ツアー
2007年 05月 04日

大久野島、毒ガス工場の陶片

※ ここは数回訪れていますが、デジカメを持っていない頃でしたので、風景写真の類いはすべて、以前の
  写真をデジカメで撮り直したものです。m(__)m

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                         大久野島北部の海岸

 竹原市忠海町の大久野島は、今では島全体が国民休暇村となり、家族連れがのんびり過ごす美しい島ですが、ここには戦前、毒ガス工場がありました。そのため北部の海岸を中心に、当時の毒ガス関係の陶製容器の破片などが無数にあって、そのあまりに無造作に散乱する光景に驚いたものでした。

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               大久野島北部海岸に散乱する毒ガス工場関係の陶片

 初めてここを訪れたのは、陶片を拾い始めた頃でしたが、同じような形をした灰色の陶製管の破片や、常滑あたりのものか、茶色の大きな容器のカケラが浜一面に散らばり、どこの海岸でも見たことのない光景でしたので、もしや・・・と思い、島にある毒ガスの資料館などで確認したところ、やはりすべて当時の毒ガス工場のものでした。(>_<) その数と言ったら、海岸の砂の表面に無数にあるだけでもすごいのですが、ちょっと指で砂を払うと、その下にもぎょぎょっとなるほどありました。
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                     毒ガスの容器のバルブ部分らしい

 これと同じものが、毒ガス資料館に展示されていました。
表面にKYOTO TAKAYAMA KOZAN STONEWARE とあります。
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                          星のマーク付の甕               
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                           大久野島の陶片

食器も、統制番号入りや国民食器など昭和のものがほとんどで、なかでもドンブリの破片が目立ちました。当時の工場の食堂と関係があるのかもしれません。この他に、ザラザラの器肌の、消砂という浮き彫り文字が残った、素焼きっぽい四角な陶器片も見たことがあります。今思うと消砂弾だったに違いなく、これは空襲の時、中に砂を詰めて投げ、焼夷弾を消すためのもので、後に気付いて悔しかったですが、あの海岸は砒素だらけだったらしいので、磁器ならまだしも、素焼きの破片を持って帰っていたら悩んだでしょうね。古い陶片を探して、いろいろな海岸を歩き回り、視線を下に向け続けていると、忘れられようとしている重い歴史と出会い、驚くことがあります。 ※1

※1 最近、海岸を整備して陶片が見られなくなったという情報もあります。しばらく訪れていない大久野島ですが、一度行って確認してみたいと思っています。
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by hikidasi1 | 2007-05-04 09:21 | 陶片窟現地ツアー
2007年 05月 04日

瀬野川河口付近

 広島市に隣接する安芸郡海田町は海に面した町ですが、海田湾周辺は完全に埋め立てられて、良い干潟などはありませんが、それでも河口付近は、干潮時にはかなり奥まで水が引き、川床が現れます。
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 海田市駅を出てすぐのこの歩道橋はひまわり大橋といい、海田町のシンボル的存在で、ひまわりフェスタなんていう町のお祭もこの上でやってます。なかなかお洒落な橋なのです。この下にも陶片がいっぱいあります。
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 こちらはひまわり大橋よりも河口に近い明神橋付近。上は県道。昔から海田でもっとも賑やかなあたりです。陶片はこの下が最も多いようです。薄暗~い橋の下をくぐり、橋脚のそばを中心に探します。賑やかな場所の大きな橋の下って、とても陰気なもんです。ドブの臭いがそうとう強くて、川を歩いているというより、下水管の中にでもいるような気がします。指に傷でもあれば、触れるのに躊躇したくなるような泥と泥水の世界です。
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 なんだか澄んだ美しい流れに見えますが、実際はほんっとに汚いです。浅い水の中に陶片がちらほら・・・写真に撮ると少ないですけど、一枚の写真の中に陶片が複数写るというのは、陶片海岸と呼ぶ基準にしたくなるほどたいしたものなんです。
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 人口3万人、小さな町の中心部の橋の下に眠っていた江戸時代の破片たち。広東碗や端反碗など、19世紀のものですが、江戸陶片の割合はけっこう高いです。
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 こちらは近代陶片。型紙摺りや銅版転写の印判食器や、明治っぽい手描き、蛇の目釉剥ぎのあるもの。保存状態もまずまず平均的な感じです。
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by hikidasi1 | 2007-05-04 09:21 | 陶片窟現地ツアー