陶片窟の引き出し

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2007年 07月 21日

喫煙具・火入

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                         刷毛目タイプ唐津の火入
                          (18世紀前半、宮島)                
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                      刷毛目タイプ唐津の火入(内側)

 火入とは喫煙具ですが、香炉や線香立てとして使われることもあったそうです。上の写真の火入は縁が玉縁状になっていますので、このタイプのものとしては比較的新しいようで、18世紀前半ではないかと思います。下の写真は陶胎染付の火入で、これもだいたい同じ頃のものではないかと思います。喫煙が普及し始めた時代で、火入、煙草入れ、灰落としを盆に一緒に乗せた煙草盆が使われ始めたのもこの頃なんだそうです。形は碗に似ていますが、用途から内側は無釉です。それを利用して、窯道具のサヤ代わりに、この中に小さなものを入れて焼くことが多かったそうですが、その痕跡なのかどうか、刷毛目タイプの方は、内側の底、見込みの部分に何か薄くこびり付いたような跡があります。

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                           陶胎染付の火入
                         (18世紀前半、宮島)
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                         陶胎染付の火入(内側)      
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by hikidasi1 | 2007-07-21 23:24
2007年 07月 15日

陶製おろし金の統制番号

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                            陶製おろし金
                (鞆、八幡川、島根県江津市・波子、鎌倉市・材木座)
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                      統制番号・岐733(戦時中、鞆)

 戦時中代用品として生産された、この白い陶製おろし金は、広島だけでなく、各地の海岸からもよく出てくるようです。
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by hikidasi1 | 2007-07-15 23:54
2007年 07月 15日

似島の謎の蓋

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                          似島に多い謎の蓋

 下の写真は頂き物の、鎌倉の材木座海岸で出た古瀬戸片です。似島など、海岸でけっこう出てくる蓋なんですけど、デザインの中に、ちょっと意識したものがあるような気がします。土の感じもわりと似てます。

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by hikidasi1 | 2007-07-15 21:38
2007年 07月 13日

子ども茶碗

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               統制番号入り子ども茶碗(島根県江津市の波子海岸)

 戦時中の子ども茶碗です。統制番号のゴム印が消えかかっています。たぶん「岐1043」、ひょっとして「岐1048」かも。いずれにしても現在の瑞浪市瑞浪町で作られたものです。剣を抜いた兵隊さん達の間に、旭日旗が描かれていたようですが剥げてしまっています。微かに残った跡はどうしても写りませんでした。旗の周りの房の一部だけが少し見えます。

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                        桃太郎茶碗(福山市鞆)

 「日本一」の旗がありますので、たぶん桃太郎でしょうか。これも戦前っぽい気がします。もう少し桃太郎さんの絵の部分が残ってくれていたら良かったのですが、ちょっと切ない欠け方ですね。

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                          子ども茶碗(似島)

 ゴム印の小さなこけし?が可愛い子ども茶碗ですが、戦前なのか戦後なのか、よくわかりません。

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                        戦後の子ども茶碗(宮島)

 これはパーマンの絵から考えて、昭和40年代~のものだろうと思います。高台内に金正陶器のマークがついています。昭和35年頃からキャラクター入りの子ども用食器を作ってきたメーカーです。
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by hikidasi1 | 2007-07-13 23:12
2007年 07月 13日

陶製の缶詰・「防衛食」

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                     防衛食容器(骨董市で購入したもの)

 防衛食とは、非常用食糧として作られた缶詰です。金属の不足を補うため陶製でした。どの容器にも胴体の部分に大日本防空食糧株式会社 社長 小澤専七郎 謹製 という文字が入ります。
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 骨董市で購入した容器の内側と底です。底には統制番号「有115」の他、「防15」の文字が入っています。

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                       防衛食容器の蓋(宮島)

 初めて私が拾った防衛食容器がこれでした。陶片を拾い始めた頃で、何かわからないけれども、素っ気ない灰色の地に数字と、~容器などとわざわざ書いてあるのがどことなく異様で、大久野島で見た毒ガス工場の陶片を思い出し、何か物騒なものではないかと胸騒ぎがしたものでした。

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                 (似島、宮島、八幡川)

 その後、缶詰容器の代用品とわかり、特に似島からはたくさん見つかりました。ほとんどデザインも同じですので、小さな破片でもあれば必ずそれとわかります。

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 真空状態の容器を開けるには、蓋に釘などで穴をあける必要がありました。この八幡川で拾った蓋にはうまく穴が開いていますが、蓋そのものが割れることもあったのではと思います。拾ったものの中には穴が開いていないものもあり、粗悪品で蓋が勝手に取れたか、本体の方が先に割れてしまったのかもしれません。

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 防衛食、大日本防空食糧株式会社 社長 小澤専七郎 謹製の文字入り(似島)

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 缶詰容器ですから、普通は中に釉薬が掛かっていますが(写真上)、たまに無釉のものも幾つか見つかっています(写真下)。何もかも節約の時代でしたが、それにしてもこれでは中の水分が染み込んだのではと思います。

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 底の部分とその内側です。海岸では防衛食容器もバラバラになって出てきます。蓋や胴体なら特徴がはっきりしていて、それとわかるのですが、底だけが出てきたときは困りました。この底を拾った頃、私が有田の資料館などで見て知っていたのは、骨董市で購入したのと同じタイプの底でした。どうも防衛食っぽいとは思っても、これも防衛食なのかどうか今一つ自信がありませんでした。ところが意外にも広島市の郷土資料館でこれが防衛食容器であることを確認することができました。同じ底を持つ防衛食容器があったのです。そういえばこの郷土資料館は戦前、宇品陸軍糧秣支廠で、軍隊のための缶詰を作っていました。なるほど、灯台下暗しだったわけです。
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by hikidasi1 | 2007-07-13 22:15
2007年 07月 12日

MADE IN OCCUPIED JAPAN (占領下の日本製)

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                           カップの底(宮島)
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                           容器の底(似島)

 戦後、民間貿易が再開された年、昭和22年(1947)から、昭和27年(1952)のサンフランシスコ講和条約発効までの5年間、日本からの輸出品には「MADE IN OCCUPIED JAPAN」と記されていました。占領下とは言っても、敗戦後すぐではないのですね。このあたり、私は最近まで、つい大雑把に覚えてしまっていましたが、1945年の敗戦がどんな状態からの再出発だったか、こんなことからもわかります。戦時中も、占領下も、一年一年状況が違うことを、小さな陶片が語っていることがあります。歴史は本の中で出会うと、小さな部分は何百年という膨大な時間の中に埋没してしまいやすいですが、こうやって陶片として出会うと、細部が妙に鮮やかなんです。陶片が生きているからだと思います。輸出用だったせいか、MADE IN OCCUPIED JAPAN の文字入りは今まで2つしか拾っていません。どちらも底の部分だけなのが残念です。

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                      調味料入れ(アンティーク店で購入)

 アンティーク雑貨も扱っている店に、MADE IN OCCUPIED JAPAN製の陶製人形や陶製調味料入れがたくさん売っていたことがありました。1000円だったこの調味料入れを、ケチ臭く迷った末に買ったのですが、今思えば陶製人形の方も買っておけば良かったです。高いものでも3000円くらいだったのに。「ダダで拾ってくる」という感覚が体に染み付いているので、骨董市などではまったく肝が切れず、後で後悔することが時々あります。(ーー;)
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                          調味料入れの底の部分
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by hikidasi1 | 2007-07-12 22:31
2007年 07月 12日

陶製沈子

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                          大きめの陶製沈子
                         (島根県江津市・波子)

 島根県江津市の波子海岸では、ずっしりと重たい、ちょっと味のある美しい沈子を幾つも拾っていますが、広島の海岸でもよく見かけます。ただ、なぜか半分に割れていたり、一回り小さかったり、もっとすべすべで時代の新しそうなのが多い気がします。

 
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by hikidasi1 | 2007-07-12 01:23
2007年 07月 11日

鞆の焚場の干潟東側

2007年7月現在、ここは架橋工事に伴う埋立予定地となっています。もし埋立が実行されれば、広島で有数の古い陶片が出る干潟は永遠に失われます。
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             埋立予定地(東側)から、焚場遺構のある西側を見る

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                       埋立予定地の東の端
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                     干潟に係留されている漁船

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                     埋立予定地に散乱する陶片
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by hikidasi1 | 2007-07-11 23:57 | 陶片窟現地ツアー
2007年 07月 11日

病院名の入ったゴム印の小皿

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                       病院の名前入り(倉橋・桂ヶ浜)

青二重線です。国民食器の親戚のようなデザインです。
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by hikidasi1 | 2007-07-11 23:35
2007年 07月 11日

近代の陶製おろし皿

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                       おろし皿と裏(近代、鞆)

 まるで古瀬戸を連想させる形です。もちろん雰囲気はまったく別ものですけど。

     
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by hikidasi1 | 2007-07-11 23:13